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米朝会談とロシア外交

 アメリカ大統領特別補佐官ボルトンの「リビア方式」をめぐって、北朝鮮の外務次官など高官が相次いで「我が国の最高尊厳である金正恩様をカダフィ大佐と同列に扱おうというのはもってのほか。6月12日の米朝会談を反故にするぞ」と口を極めた挑発的な声明を発表した。

 トランプ大統領はそれを受けて、「それじゃあ、会談は中止だ」との書簡を北朝鮮に送ったが、その途端に北朝鮮は同じ外務次官が「会談中止なんてとんでもないこと。こっちには会談を受けて立つ準備ができている。あとはアメリカ次第だ」と上から目線の反論を発表した。

 この即座の応戦は、実は北朝鮮側の慌てふためきを表しているのだろう。彼らにとって最も重要なことは最高指導者の処遇であり、非核化を実行する代わりに金正恩の安全が保証されることだ。人民の安寧よりも先にまずは指導者様の身分保証が大事なのだ。

 こんな偽指導者はもはや北朝鮮にとって必要はないだろう。早く本来の国名にもある通りの「朝鮮・民主主義・人民共和国」になるべきだ。

 そのためには韓国との間で休戦協定を破棄して平和協定を結ぶこと。その際は米軍をはじめとする国連多国籍軍による半島の安全を確保し、統一までを見守ることが必要だろう。

 金正恩一家の処遇については「カダフィ」化はせずに、中国が一時預かりする。そして、その間に南北両国が民主主義的な統一を果たすこと、これが第一だろう。

 5年かかるか10年かかるか分からないが、とにかく戦争状態に陥らないように対処すべき。もう朝鮮半島分断当時の「自由主義対共産主義」という対立の構図はほぼ消えている。今がチャンスだろう。

 これを成し遂げたらトランプと文在寅両大統領は間違いなくノーベル平和賞ものだ。


 その一方で安倍首相はいまロシア外交に余念がない。あのフィギュアスケート金メダリストのザギトワ選手への秋田犬プレゼントのお土産まで持参したが、同選手の喜び一杯の平和な報道には確かに頬が緩む。

 だが、肝心のロシアに対する北方領土経済支援策では、結局、北方領土問題の進展は得られまい。北方領土問題では二島返還が先か、四島一括返還でなければ意味がないとするか、が問題のようだが、本当の問題は次のことなのだ。

 ロシアが北方領土返還を渋るのも、平和条約締結を渋るのも根は同じで、日本が太平洋戦争敗戦後に結成された国際連合においてはいまだに旧「敵国」扱いを受けていることにある。

 国際連合憲章における「敵国」とは、第二次大戦中に米英を基軸とする集団的自衛権的連合国(国連原加盟国)に対して戦争状態にあった国のことで、日独を中心とする枢軸国がそれである。

 1952年にサンフランシスコ講和条約が締結されて日本から占領軍が引き揚げ、晴れて自主自立の独立を回復し、国連への加盟が認められても「旧敵国」の条項は残されている。

 この際に日本がアメリカと単独で安全保障条約を結んだが、これがロシアにとってのネックになっている。プーチンからすれば「北方領土を返還したはいいが、北方領土に日米安保基づいて米軍が基地を造ったらどうしようもないではないか」――となる。返還して逆に米軍の軍事的脅威を受けるくらいなら返さない方がよい、ということだ。

 この点についてアメリカが何とか言ってくれそうなものだが、アメリカは太平洋戦争中にヤルタ会談でスターリンに「日本へ参戦してくれたら、北海道くらいはやってもいい」などという密約を交わしており、このこととの口裏合わせだろう、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。

 おまけに平和条約を締結した途端に、日本があのシベリア抑留問題で補償を言って来たらヤバイというのもロシア側にはある。

 これらを踏まえると、ロシアとの間で平和条約を締結する前提は、日米間単独の安全保障条約は廃棄ということになる。

 トランプも言うように「アメリカは日本が他国から攻撃されたら安保条約の規定によって日本を助けなければならないが、アメリカが攻撃されても日本が出動しないのはおかしい」――というのは一面で正論だ。だが、日本は憲法9条の制約があり軍事的出動はできない。これをすこしでも打破しようというのが安保関連法案だが、こんな小手先の法案は猫だまし。

 日本国民はもう他国への攻撃を放棄したのだから、専守防衛に徹するべきで、そのためには「旧敵国」下での対米安保は反故にしたうえで、「永世中立」を宣言すべきだろう。ただし、専守防衛型の武装はして。

 アメリカとの安保を解消したら、中国が攻めてくる(具体的には尖閣諸島を乗っ取り、その流れで米軍のいなくなった沖縄を軍事制圧する)などという人間がいるが、いったい何ゆえに中国が沖縄を支配下に置く理由があるのかが、論議されず、いたずらに騒いでいる。その根底にあるのは「アメリカ軍がいなくなったら困る、寂しい」といういわゆる「ぬけがら感」(それまで確固としてあったものが無くなる空虚感)なのかもしれないが、ただそれだけの話。

 中国は共産主義(一党独裁)の看板は下ろしていないが、もう資本主義経済の時代に入って30年も経ち、規制は多いながら人民の多くは自由を味わっているのだから、いたずらに恐怖をあおるのは時代錯誤も甚だしい。

 日本はアメリカ型の自由主義にはとうとう染まらずに日本型の民主自由主義・民主資本主義(国民皆保険制度・介護保険制度・国民年金制度の完備が典型)を完成させて来た。

 今の中国よりよほど「共産主義」(言葉が見つからないが、協同主義の方が近いか)的な制度が敷衍しており、これからは中国(アメリカも含む)へ手本を示すときだろう。そのためには相手の国の立場を尊重しつつ平和外交に徹しなければ不可能で、永世中立による全方位外交は日本に最もふさわしい国策ではないか。

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加計学園問題(2)

 加計学園の獣医学部新設にかかわる安倍首相の関与は当の愛媛県の公文書によって確認されているのに、いまだに知らぬ存ぜぬを言い張っている。

 国会の空転もいい所だ。バカバカしい話。

 平成25年に策定された国家戦略特区10地区の一つに選ばれた愛媛県および今治市側と政府(内閣府)側の会談が無かった方がおかしいではないか。
 
 そもそも国家戦略特区はトップダウン方式が特徴である。政府への下(地方)からの地道な要請は必要だが、時間がかかりすぎるきらいがあり、それを避けるために全国から10地区を選定して「国際的な競争力のあるビジネスモデル」を規制の網を取り払って速やかに実現させるための国家的戦略である。

 したがって政府(内閣府:中心はもちろん内閣総理大臣)主導の事業なのであるから総理大臣の関与がない方がおかしいのだ。

 安倍首相が真実を認めないのは、加計学園の理事長との個人的な付き合いが深いからで、例の「お友達優遇」策が丸見えなので恥ずかしくて言い出せないのだろう。

 
 この加計学園獣医学部の戦略特区である今治市への新設にあたって、仮にもし学園側からの金品の授受があれば即刻退陣だ。

 だが、そうでないのならば最初から上記の「国家戦略特区」における政府関与の大きさを盾に、「首相が関与して当然の国家戦略であるから、問題はない」と大見得でも切ってしまえばよかったものを、「認可の直前に加計学園に決まったのを知った」などとシラを切ったのが大間違いだった。

 シラを切り続けているうちにもう後に引けない状況になってしまった。今さら「2015年に会って内々でオーケーを出した」とは言えないに違いない。もし言えば「唇寒し」で、やんやの批判を浴び、内閣総辞職もしくは衆議院解散になろう。

 ところがいままさに北朝鮮問題が佳境にかかっているのでそのどちらもできない。

 ここは大死一番、米朝会談の前に北朝鮮に飛んで金正恩と会談し、日本人拉致問題に道筋でもつけるくらいなことでもしなければ、浮かぶ瀬はないだろう。

 

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南北首脳会談異聞

 朝鮮の南北首脳会談の席上、金正恩は文大統領にこう言ったそうだ。

 「日本が拉致問題で話し合いたいのなら、いつでも直接会う用意がある」――と。

 文大統領からこの報告を受けて安倍首相は驚いたろうが、しかし「それじゃあ会ってみよう」とはならなかったようだ。

 せっかくのチャンスを棒に振ってしまった。即座に「そうしたいから文大統領には仲介をお願いしたい」と答えておけばよかったものを・・・。

 金正恩の核・弾道ミサイル開発を受けて国連安保理決議が北朝鮮への制裁に決まったからといって、何が何でも「最大の圧力を。経済制裁を。」と馬鹿の一つ覚え的に繰り返すだけの安倍首相の物言いには外交的なセンスは全く感じられなかったが、それを見透かしたような金正恩の方が一枚上手だ。

 かっては北朝鮮に対して「話し合いのためのドアはいつでもオープンにしてある」と言っていた安倍首相だったが、そのことはすっかり念頭から排除しての「最大の圧力を」の一点張りは、結局、アメリカのトランプ大統領の口癖である「北朝鮮への攻撃の選択肢はあるぞ」という恫喝に乗っかていただけだ。

 つまり外交上、常にアメリカへ忖度する姿勢は変わらないことを示している。

 トランプが変わり、韓国の文在寅が変わりして北朝鮮をめぐる外交は一気に融和へと向かっているのだから、これに乗らない手はあるまい。

 日本が下手に融和に動くと、「韓国・北朝鮮両国の平和協定締結後に、韓国との間では<日韓協定>により戦時補償的な問題は解決しているが、北朝鮮への戦時補償が無いのは片手落ちだと向こうから要求を突き付けられる」――というような意見が見られるが、これは受けて立つしかないだろう。

 日本には拉致問題の解決という独自の大きな課題がある。向こうはおやじの金正日が拉致があったことを認めている。

 このことと戦時補償とは規模が違うが、多少は匂わせておいて交渉することは可能だろう。

 とにかくアメリカ任せにしないで、金正恩と会って話し合わないことには何の進展もないではないか。

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吾平富士登山と四滝めぐり

 吾平町を流れているのは姶良川。

 「吾平」と「姶良川」と同じ「あいら」を使い分けているのはもともと吾平町は姶良村(江戸時代以前は姶良郷)だった。

 ところが霧島市に隣接する今の姶良市がもともとは「始羅(しら)郷」だったのを明治になって「始(し)」を「姶(あい)」と誤記し、そのまま「姶良町」を名乗ったため、本家の「姶良村」は町制施行の際に「吾平町」を正式名とした――という経緯がある。

 もっとも「吾平」にしたのにはそれなりのいわれがあり、当地は律令制施行の昔は大隅国の「姶羅(あいら)郡」に属していて、この「あいら」の語源は日本書紀によると「吾平津媛」(あひらつひめ)の住まうところだった(古事記では「阿比良(あひら)比売」)ことにある。

 そう考えるとこの「吾平」も古い歴史を背負っているわけで名称に遜色はないのだが、ただ、鹿屋市以外の人に「あいらちょう」と言う場合、「ゴヘイの吾平町です」と断りを入れることが多いのが面倒だった。

 向こうは平成の大合併後は「姶良市」になったわけだから、もう「ゴヘイの吾平町」などとわざわざ注釈を入れなくてもよさそうなものだ。そこで最近は「鹿屋市のあいら町」という方が多くなってきた。


 
 ところで、5月5日、久しぶりに「あいら中岳」に登ってきた。もちろんこの「あいら」は「吾平」である。

 地元では「中岳(なかんだけ)」ということの方が多いようだが、別名の「吾平富士」の通称の方がよそ者や観光的には良い響きだから、これからは吾平富士で通していきたい。

 10時半過ぎに姶良川からの取水池(水源地)下にある登山口駐車場(軽自動車で8台くらいのスペース)に到着し、足ごしらえをしたあと登り始めた。

 15分くらいは植林地帯のかなりの登りだが、ちゃんと木製の段々が付いている。そのあとやや平坦になり、さらに15分ほどで再び急な登りを20分。ベンチのあるちょっとした休憩所に到着。

 その後は結構な登りが続き、やがて花崗岩の露出地帯となって前岳(644m)への取り付きに入るが、ここからはほぼサイドに寅ロープのある登山道をよじ登る感じだ。

 次のベンチのある休憩所までの30分は体全体を使って登るほぼ全身運動で、何とかエクササイズも子供だましに思えるくらいだ。

 二番目の休憩所からはあとわずか200メートルほどの距離だが、標高差が優に50mはあり、一歩一歩喘ぎ喘ぎだから15分はかかる。

 ようやく前岳の山頂(644m)だ。登山口から約1時間半だった。展望は北側に120度ほどはあり、高隅山の全容が望まれる。また下を見ると、神野小学校の旧校舎とその周辺の人家や田んぼが見えた。

  前岳の山頂に着く直前に、串良町から来たという高齢者と中年の親子連れと行き違ったが、もう中岳山頂に行って来て帰るところだというので、「姶良川の滝は見に行かないか」と問うと、「いや、もう降りるだけ」と言う。滝の存在を知らないらしいので、ぜひ登山口の案内板に従って行ってみたらと強く勧めておいたが、どうだったか・・・。

 前岳山頂には鹿屋市の祓川町から来たという小学校三年の男の子を連れた親子が到着していた。はじめて息子を登山に連れ出したとかで、お互いに写真を撮りあったりした。

 ところがこの親子も吾平四滝のことは念頭にないようで、せっかく来たのだから帰りに寄ってみたらいいと勧めておいた。最初の串良町の親子も鹿屋市、この親子もまさに旧来の鹿屋市在住なのに、残念に思った。吾平町はもっと宣伝をするべきだ。

 若い親子より一足先に前岳を下り、中岳(677m)を目指して登山再開。といっても直線距離にして300メートルほどだ。いったんは20mは降るからこの最後の急な登りも標高差は50m。約20分でついに中岳(吾平富士)の山頂にゴール。12時30分だった。

 登山口の駐車場から吾平富士の山頂まで約2時間。距離は神野の登山道管理者によると1500メートル。

 山頂からは東と西にそれぞれ60度くらいの視界しかないが、それでも西に開聞岳(薩摩富士)と指宿の知林ヶ島が望まれた。また東は肝属山地の最高峰である甫与志(ほよし)岳が近くに見えた。

 山頂で弁当を済ませ、休憩もそこそこに「滝へ」という道標に従い、やや急な下りの後はプロムナードが続き、小さなピークを過ぎてからも緩やかな登りで後岳(667m)に着く。山頂からは20分だが、さっきの中岳までのきつい登りからすれば鼻唄まじりだ。ただ、後岳には道標が立っていないので素通りする可能性があり注意。

 後岳を下るとすぐに道の分岐があり、滝へは右手の道をとる。滝への道は下る一方で、さほどの急傾斜ではないから安全である。原生林の中の道は歩きやすく、日光もさえぎられるから真夏でも楽だろう。下山して最初の滝は最も上流にある「おしどりの滝」である。

 (後岳からのこの下山道はそこに通じているから、真夏(夏休み)にもし中岳に登るとすれば、おしどりの滝からの今日とは逆のコースがお勧めだ。なにしろおしどりの滝は標高370m、中岳は677mで標高差はちょうど300mである。今日の登山口からのコースだと標高差は520m。その差は歴然としている。

 おしどりの滝の入り口付近の道路は広くなっているから、路肩に駐車しても交通(林道)の邪魔にはなるまい。ここまでもし林道を歩くとなると登山口から約2.5キロもあり、真夏にここまで歩いて来てそのまま後岳を経て中岳までの登山はきついだろう。)

 さて、おしどりの滝まで後岳から30分しかかからなかったので、中岳(吾平富士)山頂からは50分ということになる。実に楽な下りであった。

 この後は林道を下りながら、途中の特攻の滝(20分:滝つぼ見物の所要時間を含む)、一本松の滝(15分:同)、そして一番下にある杖立ての滝(林道で800メートルはあり、約15分歩いてさらに滝つぼまで5分で所要時間は40分)。以上の合計で1時間20分くらいが四滝めぐりに要する時間だ。

 杖立ての滝から登山口駐車場までは1400メートルもあるが、この辺りから下は舗装道路もあり、散歩とそう変わらずに登山口の駐車場まで帰ることができた。14時30分に到着。全行程の所要時間はちょうど4時間であった。

 吾平四滝をめぐっている時にたしかアカショウビンの「ぴゅーるるるる」という鳴き声を聞いた。滝の音も涼しげだし、夏になったらもう一回来たいと思う。

 
  【吾平富士登山と四滝めぐり(データ)】…徒歩時間に昼食休憩・見物の時間は含んでいない。

  神野水源地下の駐車場―登山口―(90分)―前岳(644m)―(20分)―中岳(吾平富士最高峰:677m)―
(20分)―後岳(667m)―(30分)―おしどりの滝―(10分)―特攻の滝―(5分)―一本松の滝―(25分)―杖
立ての滝―(30分)―駐車場

    徒歩(正味)…230分(3時間50分)
    登山道標高差 約520m
    下山道標高差  300m

    ※駐車場にトイレは無いので、途中の吾平自然公園駐車場のトイレを利用する。

 

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憲法改正論議に欠けているもの

 昨日は憲法記念日。

 安倍政権の9条改正への意欲と、護憲勢力の相変わらずの金科御9条(玉条)とが、がっぷりかち合っている状況は変わらない。

 最近の世論調査によると、改正の必要なしが47パーセント、必要ありが40パーセントと、以前の調査より必要なしとのポイント差が大きくなっている。

 これはおそらく例の加計学園・森友学園そして自衛隊のアフガニスタン駐留日誌隠ぺい問題等が安倍政権への向かい風になった結果だろう。

 憲法9条における「国防」軍の記載は必要だが、2~30年前以前に9条の改正など口に出したらそれだけで政権への厳しい向かい風になったことを思えば、40パーセントもの改正支持があるのは奇跡に近い。

 国会の混乱が無かったら、おそらく両者互角くらいにはなっていただろう。

 私見では9条に「国防軍」明記は必要で、さらに「専守防衛に徹する」をも書き加えるといういわゆる加憲案である。

 9条はまず第1項で「国際紛争を解決する戦争はしない」(不戦)。

 第2項で、「第1項を確実なものとするため国際紛争を解決するための軍隊は持たない」(逆に言えば専守防衛に必要な軍隊の保持は否定されない。つまり侵略的戦争に必要な軍備=核弾頭を頂点とする他国への攻撃用軍備は保持しないが、国土に侵入してきた他国軍隊を排除できるだけの軍備は持つ)のであって、軍隊及び軍備を全く持たないとは言っていない――と解釈する。

 私見ではさらに、前文に「永世中立国家宣言」を挿入する。これも加憲の一つだ。

 この時には当然、日米同盟を含むあらゆる他国との軍事協定(二国間であれ、多国間であれ)は解除される。いま結んでいる日米安保であれば新憲法公布後、一年間を経て解消となる。

 永世中立国というとかっては頭に「非武装」が付いて、革新勢力(特に野党の中心勢力だった社会党)のキャッチフレーズであった。

 永世中立国というとまず第一にスイスがあげられるのが常で、その頃の世論調査で「あなたの一番好きな国はどこか」では断トツでスイスが選ばれたのを思い出す。数値はうろ覚えだが、スイスが70パーセントくらい、アメリカが20パーセントくらいだったように記憶する。

 ところがスイスはたしかに永世中立国ではあるが、徴兵制の国防軍を持っているうえ、4つか5つの州のうち女性に選挙権がない州がある――などから非武装の革新勢力や女性人権問題等の視点に「忖度」して、好きな国を調査すること自体やめてしまったようだ。

 いまこそかって日本国民に好まれたスイスに倣うべきではないか。ただし女性の選挙権問題については(今もそのままなのかどうか知らないが)、倣うべきではないこと言うまでもない。

 来年の5月1日に新天皇が即位されるが、その時のお言葉の中で、永世中立に関して一言述べられることが天皇及び国民そして日本文化にとって最もふさわしいと考えるのである。

 平成天皇即位のときよりももっと多くのインパクト(平和国家日本の在り方)を世界中に発信できる最上・最良の機会ではないだろうか。

 今の政府や国会での論議に欠けているのが、こういった日本独自の平和的国是を外交への重要な指針として確立することではないか(北朝鮮のキム王朝に学ぶものは何もないが、あの「主体=チュチェ」思想は評価できる)。世界はそれを待っている。

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板門店宣言

 北朝鮮のキム王国の三代目金正恩がついに南との融和に動いた。

 韓国大統領の文在寅と板門店で会談し、板門店宣言を発表した。

 金正恩は「歴史的な会見だ」と周囲に言ったらしいが、これまで韓国の方から王宮に出向いて会談を行ったことが二度あり(金大中と盧泰愚大統領の時)、今度は三回目だ。

 先の二回はどちらも南側から融和を持ちかけて会談にこぎつけたのだが、今度は金正恩が自ら南北分断の38度線上にある板門店まで出向き、南側の板門店「平和の家」というところで会談をしたので、初めて北の王様が南へ足を踏み入れたことになる。

 たしかに画期的なことだ。

 しかも「朝鮮半島の非核化」が謳われたのだから、世界はこぞって喜んでいる。しかしこの非核化は在韓米軍の核武装をも排除するということなのか。そうであれば北の非核化は「核兵器廃棄」にまで行かなければ「絵に描いた餅」だ。

 トランプなら「よし、韓国の米軍は核武装を解くから、お前の所は核兵器を捨てろ」と率直に機嫌よく言うかもしれない。金正恩の出方が注目される。

 また休戦協定から平和協定に移行した上で、平和的な南北統一が双方の目標であることも分かった。大いに結構なことだ。ただ、問題は「キム王朝」の処遇で、まさか統一後は、俺が大統領の上を行く「象徴的国家元首」に就任する――なんてことを考えているのではあるまいな。

 そうなると南北会談に先立って秘密裏に行われた金正恩と習近平との会談の内容が気になる所だが、もしかしたら国家元首の地位を制定して…云々が協議されたのではあるまいか。そこまで踏み込んではいないにしろ、朝鮮統一後の金正恩の処遇が話題になったことは十分に想像される。

 その時に中国側からかなり具体的な処遇が示され、わが身の身分保証にある程度の満足を得たがために、南とのあのようなざっくばらんかつ友好的な会談がなし得たのではないか、とも思われてくる。

 いずれにしても金正恩とトランプの差しでの二者会談がクライマックスだ。それまで日本は待つしかないだろう。ミサイル・核兵器廃棄も拉致被害者救出もすべてトランプ大統領に「おまかせ」して……。
 

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