早期米の米作り―⑬(最終回)

 収穫だ!天気も上々、うれしいね(下手な俳句になってます)。Komedukurishuukaku_010

 鹿屋市吾平町の鶴峰地区の田んぼでは、黄金色に色づいた田があるなか、とっくに刈り取りを済ませ「架け干し」をしている田、さらには脱穀中の田もあったりして、あちこちに人が出て仕事に精を出していた。

 いつも観察していたN さんの田、I さんの田は、もうコンバインで刈り取ったあとだった。あさってに迫っている台風5号の来る前に刈り取ってもらったのだろう。Komedukurishuukaku_004 その代わり、と言っては何だが、道路向いの田で夫婦が刈り取り作業を行っていた。

 いつもながら農作業中の夫婦の仕事は息も合って手馴れたものだ。夫がバインダーという刈り取り結束機で一条ごとに刈って行くと、妻がその稲束を程よく田面に置き並べていく。次の作業である「架け干し」に備えてのことだ。

                Komedukurishuukaku_008_2 200メートルくらい離れた田で、ちょうどその架け干し最中の人がいたので、撮影させてもらった。

 この地方では一本足の支柱だが、二本足の所も多い。現に筆者が田んぼを作っていた時は、二本足だった。その姿から「架け馬」とも言った。このまま天気がよければ夏だから5日ほどでよく乾き、脱穀をする。Komedukurishuukaku_012_3

  これまた同じ地区内に脱穀中の田んぼがあったので、撮らせてもらう。

 四人が一台のハーベスターという脱穀(脱粒)機に張り付く。他にもうひとりがいて、彼はモミが米袋に一杯になるとハーベスターから下ろして軽トラックに積んでいく。

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  米袋には満タンにして35キロは入るから、トラックに載せるのも一苦労だ。だが、無事の収穫の喜びが、その35キロを「至福の重さ」に変える。このときばかりは「デブが格好いい」に違いない。籾スリさえすれば、明日からでも新米が食べられるのだ。

Komedukurishuukaku_007_2  さっきの田では、老夫婦が昔ながらのバインダーで刈り取っていたが、左上の写真は小型コンバインでの刈り取りと脱穀、左下の写真は中型コンバインでの刈り取りと脱穀で、どちらも刈り取りながら、脱粒までやってしまうという優れものだ。

 ただ、モミの乾燥はお天道様ではなく、モミ乾燥機でやる。たしか48時間くらいの行程だったと思うが、昔気質の人に言わせるKomedukurishuukaku_015_2 「天日でなければ、うまくはなか」だそうだ。また、機械乾燥では来年の梅雨までもたん、とも言う。

 食味研究家でなければ軍配の上げようがないが、新米なら、なんにしても美味いことはうまい。中でも、山がちの冷たい用水の地帯の米は、収量はやや落ちるが「味付き米」とよく言われる。

 つまり、米粒がしまっており、うまみが強いせいで「米に味が付いているから、おかずは要らぬ」というわけ。

 今年は梅雨までは日照時間が短くて心配されたが、梅雨明け後のかんかん照りのおかげで持ち直したようだ。一反(300坪=1000㎡)当たり、モミで16~20袋(約500~600キロ)、白米にして300キロ弱は採れただろう。

 04010002 4ヶ月前のまだ肌寒い4月1日前後に植えた苗が見事に実を結び、収穫の運びになった。

 ちょうどその頃、例年より遅かった桜が満開だった。季節はめぐり、今は田の上を04010013 赤とんぼが舞い、巣立ちを迎えたツバメたちが飛び交う。

 今年の早期米のバージョンはこれにて終了。だが、まだ普通作が青々と田を埋めている。そんな様子もお届けしたいと思う。

            満開の桜(吾平山陵入口にて=4月1日)→

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早期米の米作りー⑫

Soukimai_001 吾平温泉センター・悠遊ランドの前に広がる「吾平田んぼ」は見渡す限りの穂の海。

 西風のやや強い梅雨の晴れ間、少し色づいた穂が揺れるさまはまさに波のようだ。稲特有の尖った硬い葉が、葉擦れの音を立てるのももうすぐだろう。

 5キロ上流の鶴峰地区まで行ってみると、Soukimai_003_1 こっちも出ていた。

 N さんの田んぼは、2週間前は他の田よりいくらか成長が遅いようだったが、見事に穂が出ていた。株の高さも優に70センチは超えている。

 3月1日頃のモミの浸水から四ヶ月、田植えから三ヶ月の姿がこれだ。

  一方、I さんの田は相変わらず生育がいい。

 いいどころか、もう垂れ始めた穂がちらほら見える。Soukimai_006

 人間の妊娠にたとえるなら4ヶ月目に入ったというところか。穂の膨らみが目立ち出し、自然に垂れ始める状態だ。

 その一方で長い穂の下のほうのモミ粒はまだおしべが見えていて、受精したばかりらしい。収穫まであとひと月だが、それまでには均質のモミにになって行くのだろう。

Soukimai_007  梅雨明けを思わせる強い日差しに、清流が恋しくなるが、I さんの田から帰る途中の橋を通ると、流れの中で親子連れが水遊びをしているのに出くわした。

 さもありなん、今日は日曜日だった。

 

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早期米の米作り-⑪

 「穂が出るまでもう2、3日かもナ」

 いつもの米作り観察場所、吾平町の鶴峰地区の田んぼ地帯まで行くと、タマヨリヒメの「飴屋敷跡」に近い田んぼで、ひとりのおじさんがせっせとヒエ取りをしていた。02040010

 近くに行って「だいぶ大きいじゃないですか」と声をかけると、腰を伸ばしてそう答えた。聞くと3月28日に植えた田だそうだ。田の中に入ると足が5~6センチはもぐるので稲がよけいに大きく見える。70センチほどには伸びている感じだ。

 「早いところは7月27日頃には刈るらしか」

 きちんと日にちまで言う所がすごい。このあたりはすべてお盆(旧盆の8月15日)前には刈るという。

02040002  Nさんの田んぼも相当伸びている。60センチはあるだろう。株列の間に見えていた水面が、もうほとんど隠れている。

 今日で田植えから75日(2ヵ月半)。水ばかりが目立つ広い水田に、頼りなげに冷たい風に身を震わせていた苗がここまで生長した。あと一週間か十日ほどで出穂となるだろう。

02040006   こちらは同じ鶴峰田んぼでもやや上の手にある Iさんの田んぼ。

 完璧な緑のじゅうたん状態だ。Nさんのより少し生育がよいのかもしれない。

 どちらも同じ4月1日が田植えだったが・・・。

 ところで、昨日の朝はえらく雨が降った。隣の錦江町の田代地区では一時間雨量が何と93ミリに達したという。梅雨の真っ只中としては最大の雨量だったらしい。空梅雨かと思われたのだが、これでは梅雨末期の豪雨が心配される。02040009

 

 鶴峰田んぼ水路の取水口のある姶良川べりをさかのぼってみると、確かに山のほうでは相当な雨だったのだろう、水の流れが速く、よく見るといつもは川の浅瀬に生い立っている葦の草むらが完全に横倒しになっていた。

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早期米の米作り-⑩

 分けつは、ほぼ終わったようだ。

 分けつとは、一本の株から5~6本(多いものは十本ほど)にも株が増えることだが、見Turuminekamino_007 たところ、N さんの稲も、I さんの稲も両手でつかみ回して丁度よいくらいに株が増えている。Turuminekamino_004

 N さんの田は水を切っているようで床土が見えている。水を干すと床土に酸素が供給されるので、それなりに必要な措置なのだがまだ早い気もする。

 現に、I さんの所は水を張ったままだ(気温21度。水温25度だった)。丈の高いのは40センチもある。

 04010001 04010002 何にしても大きくなったものだ。4月1日の田植え当時の苗を見ると、赤ん坊と青年の差がある。いや、赤ん坊と白鵬くらいの差か。

 (それにしても両横綱がモンゴル人とは情けない。モンゴル大相撲の日本場所になってしまった。国技も国際化したものだなあ)

 

 

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早期米の米作りー⑨

 このところようやく天気が定まり、気温も26,7度まで上がってきた。

 吾平町鶴峰地区のNさんの田んぼも、Iさんの田んぼも、100メートルも離れたところから眺めると、グリーン一色に近くなってきている。05100001

←Nさんの田んぼ。近くで苗列を平行に見ればやはり水が勝っているが、左隣の田はみどりのカーペットのようだ。

 その隣の田の人がせっせと畦刈りをしていた。 小高い丘の下、点のように見えている。

 苗は分けつを始めたようだ。株数が増えて一回り大きくなっている。

05100006  今日は水温を計ってみた。

 300円くらいで買った安っぽい寒暖計で計るのだから正確は期しがたいが、それでもほぼ30℃と見えた。

 なるほど大きくなるわけだ。元来が熱帯性の稲にとってようやく適温期を迎えたのだろう。外気温は26℃だから、溜り水のほうが4度高い。その保温力は素晴らしい。

05100003 

 Nさんの田んぼから、Iさんの田んぼの方を見ると「鶴峰保育園」が明るい屋根を見せ、そのはるか向こうには肝属山地の最高峰・甫余志(ほよし)岳=967mと、それに続く稜線の左手に黒尊岳=909mが壁のように連なっていた。

 

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米作り(早期米のできるまでー⑧)

 まだ咲いている!

 4月8日、日曜日(お釈迦様の日、県議選投票日)。鹿屋市吾平町の温泉センター「悠遊ランドあいら」に行ったところ、センター入口に面している道路に沿う桜並木が今ちょうど花吹雪の最中だった。例年にないことだ。04080004

 写真の道路の左手は広大な田んぼ地帯となっている。

 一枚の面積が5反(1500坪)はあり、それがはるか1キロほども先まで続いている。幅は7~800メートルくらいだから、7~80ヘクタールがあたかも一枚の田のようにまっ平につながって見えるという、吾平町で最も広い田園地帯だ。その端っこの田に花びらがたくさん浮いていた。

 温泉に入ったあと、鶴峰西地区へ行ってみた。

 Nさんの田も、Iさんの田も小さな苗が透明に張られた水の中に、か細くも整然と立ち並んでいる。04080006               

 ←Nさんの田んぼ 04080010  

      Iさんの田んぼ→

二つに仕切ってあるが、植えられていないのは生産調整のため。

 

 温泉センターのある吾平町のほぼ中心からこの鶴峰西地区までが三キロほどだが、見た目はほとんど変わらない苗の状態だ。ただ水はこっちの方がたっぷりありそうだ。

 さらにこの上の山あいにある神野地区にまで足をのばしてみた。吾平山陵への道を山稜入口という分岐から右手の丘陵地帯に上がり、しばらく行くと山がぐっと迫り山稜の脇を流れる姶良川の上流がすぐそこに見えてくる。すると神野地区の入口だ。04080011

  過疎化が激しく子どもが減っているのだろう、集落の入口には「呼びもどそう神野へ」の手作り看板が立つ。

 このあたりもまだ咲いてはいるが、緑の葉が目立ってきていて、見頃はもう過ぎている。

 地区の中に平らな土地は少ない。いきおい田も段々田になる。山がすぐそこに聳え立つ。中岳、通称「吾平富士」が神野地区のシンボルだ。下場の平地と同じような幼苗を浮かべた水面に「さかさ富士」が静かに映っていた。04080014

 神野地区の大川内神社は吾平山陵の主ウガヤフキアエズ命と海人族タマヨリヒメとの間に生まれた神日本磐余彦こと神武天皇が、日向にいたころに娶ったアイラツヒメを祭る。アイラツヒメは「神武東征」には参加せずに、大隅の当地方で余生を送ったと伝えられている。

 田植えが済んだところで、次からはここの田園地帯を潤す母なる川・姶良川界隈を散策することにしたい。

                                                         

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米作り(早期米のできるまでー⑦)

 天地が二倍に広がった!

 代掻きを終えた田んぼは広々としている。風が無ければ、田面が鏡のようになり、そこに空や山があたかも地中にあるかのようにさかさまに映る。03310006

 これが私の一番好きな田園風景なのだが、おそらく大方の賛同を得ることはないだろう。ほんのわずかの間(大抵は一日か二日)しか見ることのできないこういう風景にえもいわれぬ伸びやかさを感じるのは田園マニアのせいか・・・・。

 この透明の画布に幼苗が植えられ、しだい次第にみどりを濃くしてゆく様にはなんとも言えぬ充実感があるが、それにも増してみなぎった水面の持つ穏やかさ、静けさには独特の味わいがある。

 代掻きの翌日の今日行ってみると、早朝から田植えに取り掛かっていた。04010005

 小型の乗用田植え機を操作しているのはNさん本人ではない。人を頼んでやってもらっているのだ。これを作業委託という。田植えの場合、一反(300坪)あたり6~7000円だろう。この田んぼは二反ほどなので1万2~3000円というところか。

 一昔前までは、何が何でも自前の機械を持たねばならぬ――とばかり借金をしてでも機械類を購入するような風潮だったが、今は写真のように人頼みをすることを別に恥ずかしい、とか遅れている、とか思うこともなくなったようだ。それこそ年に一回だけ使うためだけの田植え機を揃えることなんか「モッタイナイ」という精神が普及したためか。「mottainai」でノーベル賞をもらったアフリカの女性大臣に喜ばれそうな風景だ。

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  Nさんの右隣の田では既に田植えを終えていて、所有者の夫婦が「補植」をしていた。田植え機の掻き取り爪にかきとられなかったため、苗が植えられていない箇所を見てまわりながら3~4本ずつ植えていく作業だ。

 「これが結構ひまが要っで(できればやりたくない)なあ」と顔をしかめる農家の人も多いが、そこは農人のど根性、そうは言いながらもせっせと夫婦仲良く(?)共同作業にかかっていく。農家にきわめて離婚が少ない理由はこれかと納得のワンショット。

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米作り(早期米のできるまでー⑥)

 昨夜は大雨注意報が出ていたが、夜が明けてみるとさほどではなかった。

 大雨が降って欲しいのは、実は田植え前の農家なのだ。田んぼに水を張るのに用水路からの水のほかに、天水があればあっという間に田に水が満たされる。もし、からからの天気だと用水路の水だけに頼るほか無く、折もおり、みんなが一斉に田植え前の代掻きにかかるので、なかなか水がまわってこないという羽目になる。

 それでも降らないよりはましだったようだ。Komedukuri0325_020

 Nさんの田んぼには水を引き入れているのだが、砂地のこの田は少しぐらいの水ではすぐにしみ込んでいってしまうという 。だから、昨夜の雨は恵みの雨だったそうだ。

 JA(農協)吾平の育苗センターでは、いよいよ27日から苗の販売が始まる。その一番苗を真っ先に手に入れて、その日のうちに田植えをするという農家があった。道を隔てた斜め向かいの田んぼでは、すでに代掻きを終え、水面を均していた。Komedukuri0325_023

 今年は去年より二日遅れているという。種蒔き後の3月が総じて気温が低めだったことが影響しているのだろう。それにしても農家は日付には敏感だ。農業は時間にはルーズだが、こと農繁期の日付となるときちっとこれを守る傾向にある。先例遵守ということだが、ここに代々受け継がれていく素地のようなものを感じる。

 ところが上には上がいるものだ。鶴峰東のこの地区から帰る途中、姶良川の堤防を走っていると、なんと田植えに出くわしたのだ。Komedukuri0325_016_1

 聞けば、苗は自家製でおそらく界隈では一番早い田植えだろうという。

 小型の田植え機だが、それでも四条が同時に植えられ、おそらく昔の手植え時代の7~8倍の能率ではないかと思う。

 苗を見ると、すでに丈は10センチほどになっている。田んぼの水はそう冷たくはない。植えつけてしばらくは温度管理に細心の注意が必要だ。

 

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米作り(早期米のできるまでー⑤)

 ふさふさになってきた。03180007

 ふさふさといっても髪の毛ではない。もちろん、稲の苗だ。

 03180008 思わず頬ずりしたくなるような産毛のような可憐極まりない苗たちだが、それでも高温管理と、太陽の光でしっかりと根を張って来ているようだ。なにしろ稲は熱帯性の植物である。寒さは最大の敵だが、米作りが最大の産業となった弥生時代以来、昭和になってビニールハウスというまさに革命的といってよい保育器が発明されてから、米作りは飛躍的に伸びた。その証拠が北の大地・北海道の稲作だ。ビニールハウスの育苗が普及しなかったら北海道の米の生産量が日本一になることはなかっただろう。

 難しいことはあとにして、米作り農家はせっせと田植えに向けて準備をしているので、それを紹介しよう。

03180011  鹿屋市吾平町の鶴峰東地区は吾平町育苗センターの台地から二キロ足らずの所にある姶良川沿いの田園地帯だが、そこの田んぼで若い夫婦が肥料をまいていた。

 話によるとこの田んぼは「妻の実家の田なんです」という。実家には母親しかいないらしく、田植えに向けて日曜ごとに、こうして加勢に来ているそうだ。田は二枚あるという。これから先、耕運し、水を張り、代掻きをしていよいよ田植えになるのだが、お願いしたところ快く一連の作業と稲の生育を観察させてもらうことになった。 

 若夫婦の軽トラックには可愛い女の子が乗っていたので写真を撮ろうとすると、おびえてしまって撮らしてくれなかった。今後、たびたびお邪魔するうちになついてくれるかもしれない。それまでお預けということにしよう。

 03180018 その軽トラックの向こうに見える丸い丘のすぐ下で、トラクターがうごめいていた。若夫婦と別れたあと、そっちへ向かってみた。するとそこでは既に肥料をまいた後の耕運に取り掛かっていた。

 聞けば、やはり日曜に農業をするサラーリーマン農家だった。次の日曜日に田んぼに水を入れるという。もう一軒米作り観察の現場が増えた。これは楽しみだ。ご両人、よろしくお願いします。

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米作り(早期米のできるまでー④)

 緑の絨毯(じゅうたん)だ。

 03110008 育苗箱に播かれたモミが目を覚まし、芽が出て、ビニールハウスの中に広げられてから今日で三日。吾平町農協育苗センターを訪れると、思わず「やったあ」と唸りたくなった。

 見事に「緑化」している。まさにゴルフ場のグリーンも驚くほどの美しさだ。03110004

これから二週間余り、米作り農家に渡されるまで、水遣り、温度管理が細心の下になされる。

 冬に逆戻りの寒さ、春を思わせる陽気に一喜一憂しながら、幼苗(嬰児)たちは水田への植え付けを待つことになる。

 次からは、農家の田植え準備の様子などをお届けしよう。

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