沖縄慰霊の日

 今日6月23日は72年前に主として米軍で形成された沖縄上陸作戦が終了した日である。

 その日に沖縄根拠地軍司令官であった海軍の太田実中将及び陸軍の牛島満大将が戦死または自決しており、それを潮に戦闘は止んだ。

 太田実海軍司令官は「沖縄県民かく戦えり。沖縄県民に対して後世格別のご高配を賜らんことを」という海軍省あての電文を残したことで有名である。

 沖縄県民に対してわれわれ後世のものが「沖縄県民はよく戦ってくれた。おかげで本土上陸作戦(オリンピック作戦)は実行されずに済んだ。すまない、ありがたい、沖縄県民よ」と感謝を言って然るべきである。

 それなのに沖縄県民が米軍基地の本土移転を訴えると、必ず「被害者面してそう言うな。沖縄から米軍基地が無くなっていったらどうなると思うのか。よく考えろ」というような短絡的な愚かな批判が必ず返って来る。

 彼らは沖縄に米軍基地多量に置かれていることと、中国などの反日的発言をしてくる東アジアの現状とを一緒くたにしている。

 米軍の存在、核の傘があるから東アジアは安寧なのだ(要するに日本が守られているのだ)というのは、今や全く現実にそぐわないことなのである。

 1978年に米中が共同宣言でお互いを認め合い、経済的交流(要するに米国の対中国投資活動)が始まり、11年後のベルリンの壁崩壊を象徴とする米ソの緊張緩和(デタント)が実現して以来、日本における米軍の存在は「日本を中国等の共産主義陣営から守る」ことから「日本の軍事的暴発を防ぐ瓶のふた」に変質したのだ。

 そう、日米同盟は米軍が日本を守る役目から逆に、日本がこれ以上の軍事力を持たないように押さえつける「ビンの蓋」と化しているのだ。

 「尖閣諸島も日米安保の適用範囲だ」とオバマ政権当時のクリントン国務長官が言ったが、そもそも尖閣諸島を国有化してアメリカをしてこう言わしめたのは民主党野田政権なのである。

 中国がもし本気で尖閣諸島を侵略したいのであったなら、尖閣諸島の国有化以前にやればやれないことはなかった。対中へっぴり腰自民党政権下であったなら「私有地に対する侵略は民間人と中国政府との間で話し合うべきだ」などと自衛隊は派遣せず、米軍も「日中間の問題であるから日中間で解決せよ」と洞ヶ峠を決め込んだだろう。

 アメリカにはアメリカの事情があって、たとえ日本政府が尖閣諸島への米軍出動を要請しても断るほかない。その理由は以上のほか、もしアメリカが関与したら、中国政府は大量の米国国債を売るという手段に出、米国国債はたちまち暴落し、下手をするとドルも大暴落するからだ。

 1978年以来、中国は世界の工場となり、その廉価な工業製品は先進国を席巻している。最大の買いまくり国はもちろんアメリカで対中貿易赤字は天文学的になっている。ドル紙幣を対価としてばらまくとドルの価値が下がるので、国債を買わせているのだがその額も天文学的になっている。

 トランプ大統領はそんな中国を「政府が為替操作して元安にしているからだ。けしからん」と息巻いているが、日本の大量の対米黒字をプラザ合意によって強制的に減らしたようなわけにはいかない。中国は対米従属の日本と違って対米独立国家であり、国連では米国と肩を並べる安全保障理事会常任理事国なのだ。

 中国は日本が日米同盟によって対米従属路線をとっている限り、建前上はまともに相手にしようとはしない。ロシアもだ。日米同盟がある限り彼らは常に日本を「太平洋戦争をおっぱじめたどうしようもない国」と、アメリカと歩調を合わせて見下している(アメリカは口先では日本は最重要な同盟国と言っているが)。

 いったいいつまでこんな米日の「二人羽織り」が続くのだろうか。目の黒いうちにまっさらな独立国家になって欲しいものよ。

 『月桃の花』を三線で口ずさみながら沖縄から米軍基地が無くなる日(ただし自衛隊=国土防衛隊の基地は残る)に思いを馳せるとしよう。沖縄よ、ありがとう。癒しの守礼の国沖縄に永久の平和を!

 

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加計学園問題

 加計学園に対する獣医学部新設許可をめぐって、行政側の「忖度」が働いた根拠となる文部科学省内の文書の存在が明らかになった。

 松野文部科学大臣が正式に認めた。これまでそんな「怪文書」は無いし、文科省内を再調査する必要はないと突っぱねて来た当の松野大臣と菅官房長官だったが、あっさりと前言を翻してしまった。

 「国家戦略特区」なるものはもともと各省の縦割りを排し(超えて)、政治家が大所高所に立ち、国家にとって枢要かつ緊急的なものを特化して進めていこうとするやり方で、むしろ政治家のよい意味での「忖度」がおおいに働く政策である。

 それなのに菅官房長官はかたくなに「無い物はない」とばかり木で鼻をくくったような会見を何度も見せてきたのだが、前言をこうも簡単に翻すのなら、その前に「国家戦略特区とは官庁各省横断的なプロジェクトであり、そこには政治家の賢明なリードが必要だ。忖度が働くのは想定内のことだ」とか何とか思い切って披歴しておけばよかった。

 当然野党はそこをつつくだろうが、あとは高を括ってしまえば、かえってこうも質の悪い幕切れにはならなかっただろう。


 大いに喜んだのは来月の都議選を控え、手ぐすねを引いて待っている「都民ファーストの会」だろう。おそらく自民党はこの「忖度問題」で完全に国民を裏切った形になり、それでなくても分が悪いとされていた都議会自民党は地滑り的な大敗を喫するに違いない。

 ある週刊誌では、自民党は議席の4割を減らし、その分都民ファーストの会に上積みされ、さらに民進党の票をかなり食って議席を増やし、都議会第一党になる。そして都議会では自民党を離れてしまった公明党がすり寄って合同すれば都議会の過半数に達する――と書いている。

 現有でたったの5議席しかない超弱小勢力が第一党はおろか、公明党とのタッグによっては過半数を制するというのだから凄いものだ。

 こうなったらその勢いで国政に打って出、日本初の女性総理も想定外ではなくなるかもしれない。そうなったら早いとこトランプと掛け合って、日米同盟解消を平和裏にやって欲しいものだ小池さん! 日本人が目覚めて本来の東西の架け橋であるべき日本に戻るいいチャンスではないか。(自民党政府はアメリカの外交・軍事を「忖度」しすぎて、対米従属路線を永遠にやめないつもりらしいので、いかん!)

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2020年問題

 「2020年問題」といっても東京オリンピックのことではない。

 安倍首相が5月3日の憲法記念日に講演した中で、「2020年までには9条の中に自衛隊の存在を明記する」と述べたことを指している。

 9条は2項から成り、国際紛争解決の手段としての戦争を放棄することと、そのための戦力を持たないことからなるが、第2項の「戦力を持たない」を杓子定規に解釈して、「非武装のことだ」と解釈してきたのがかっての社会党を中心とする革新勢力であった。

 しかし、2項目の「戦力」とは国権の発動としての戦争、つまり国際的な紛争にかかわることに対して「紛争に至らないための政治的な努力=外交」をしないで、力づくで紛争を解決しないよう、特に戦勝国アメリカの強い要請の下で定められたものである。

 要するに、英米等の戦勝国に刃向かった日本が二度と再び刃(やいば)を向けないようにするための規定であり、これは英米首脳の取り決めた太平洋憲章に発する戦後の国際関係諸規定がそのバックボーンになっている。国際連合はしたがって「戦勝国の、戦勝国による、戦勝国のための機関」であり、原加盟国(1942年に出された連合国宣言同意国=英米のお仲間たち)のいわば「集団的自衛権連合」でもあった。

 したがって戦敗国である日本は国連の規定する「集団的自衛権」の対象外であり、一見すると「日米安保」はそれの代替的な同盟に見えるが、日本が正式に連合国側と平和条約を結び国際連合の正式な一員となった以上は、二国間軍事同盟などありえないのである。

 安倍首相の目指す「9条への自衛隊(国防軍)の明記」は確かに必要だが、自衛隊(国防軍)の形容として「個別的自衛権に基づく」というのを書き加えれば「専守防衛」よりも国際法上は有効だろう。

 しかし、しかし、日米安保という「二国間軍事同盟」は国連憲章上でも疑義がある。憲章では国際紛争は安全保障理事会の論議と決議を経て平和的手段で解決するように定められているのであるから、「日本が何かあったらアメリカが助けてくれる」(トランプは「アメリカが何かあっても日本は助けに来ないとは、おかしな同盟だ!」とまくし立てていたが、これが本来の二国間軍事同盟だろう)というのは国連無視も甚だしいのである。

 まさか安倍首相の目指す自主憲法の第9条に「第三項 対外的な武力紛争が起きた場合はアメリカ軍に守ってもらう」なんてことを書き加えなければいいが・・・。

 「2020年までに憲法第9条に自衛隊の存在を明記する」などと小手先のことではなく、日米二国間軍事同盟である日米安保を廃棄して真の独立および中立国家を目指す2020年にしたいものだ。

 

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17回も会っているのに・・・

 一昨日、安倍首相はロシアのプーチン大統領に会い、翌日にはイギリスのメイ首相にも会うという歴代首相では突出した外交路線をとっている。

 にもかかわらず、ロシアだ。プーチンとは第一次安倍内閣の時に安倍首相が会談をして以来、実に17回目という大変な回数を重ねて会っているのだが、平和条約も北方領土の返還もどちらも袖にし続けている。

 これではいったい何のためにそれほどの逢瀬(直接の会談)を重ねているのか、意味がなくなってくる。

 安倍首相の意気込みは「自分の代のうちに平和条約を締結して、北方領土返還への道筋をつける」ことであるのは分かっているのだが、当のロシアの言い分は「北方領土は第二次大戦(末期に英米とで取り決めたヤルタ会談)の結果我々のものになった。返すわけにはいかない」で、その歴史観を打破することが北方領土問題を解決し、同時に平和条約を結ぶ近道なのである。

 ロシア(当時、ソ連)のスターリンとイギリスのチャーチルそれにアメリカのルーズベルトがソ連のクリミア地方ヤルタで密約し、ソ連の日本への参戦を促したのがそもそもの領土問題の出発点だった。

 ロシアのプーチンはこのヤルタ会談による「お墨付き」があるから、決して北方領土を手放そうとしない。したがってその「お墨付き」(によって生じた第二次世界大戦観)自体を無力化するべきなのである。

 その方途は、サンフランシスコ平和条約後にようやく「戦犯国」から独立自尊の国家として再評価された日本がいつまでも反共(対露・対中国)の日米同盟を結んでいることから自由になることである。日米同盟をやめて、太平洋戦争の「戦勝国・戦敗国」の関係を断ち切らなければ本当の「戦後」にはならない。

 安倍首相をはじめ自民党政権のトップは口を開けば「日米同盟は日本の安全のかなめであり、より強固にしなければならない」と口癖のように言明するのが常だが、これはロシア・中国から見たら、「日本は相も変わらず戦勝国(強い)米国のポチになっていたいんだな。情けない国だ。いじめてやろう」的なとらえ方をせざるを得ないのだ。

 「中国やロシアの軍事的脅威に対処するためにはアメリカ軍による後ろ盾が必要だ。現実的には自国で軍備を賄うよりこの方が安上がりなんだ」などと、腰の抜けた考え方が蔓延しているうちに、自分の国を自分で守ろうとしない超外交音痴国家に成り下がり、一般国民も「アメリカに守ってもらうのが最善」となり、いたずらに中国脅威論・ロシア脅威論が独り歩きしている。

 ロシア脅威論は中国に比べるとやや小さいが、それでも対米従属路線をとる日本の定番的な見方である。そこを安倍首相はどうにか突破したいようなのだが、残念ながら対米従属路線そのものをやめない限り、ロシア(中国も)は日本との本格的な平和条約締結や領土問題を棚上げにするだろう。日米同盟という敗戦の心理をそのまま引き摺っているような二国間同盟がある限り、日本の真の外交的な独立はないと見ているからだ。

 
 

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衆議院議員定数の削減

 次の衆議院議員選挙に向けて小選挙区の区域割が変更され、鹿児島など5県で定数が一人ずつ減らされることになった。

 その根拠が「一票の格差」であり、当選者の一番多い得票数と一番少ない得票数の比が2:1を超えたら「憲法違反」という最高裁の判断が基準になっている。

 この分で行くと、「地方創生」の掛け声とは裏腹に若者を中心に人口減少が進む地方では、今後ますます議員が減らされていくことになる。その反対に地方からの出身者を受け入れる都会ほど議員定数は増える勘定になる。

 しかし、選挙結果を見ていつも思うのは、肝心の東京など人口集中選挙区の投票率の低さだ。衆議院選挙ではかろうじて半数を超えることが多いが、参議院選挙など30パーセントそこそこのレベルの時もある。

 投票率が低いということは選挙への関心が薄いことの表れであり、民主主義において最も大切な投票行動を自ら捨てているわけだが、こっちのほうこそ「憲法違反」だろう。

 限りなく憲法違反に近い投票をしない行為(白票とは別物だ)によって投票率が低い選挙は憲法違反の「無効選挙」に認定して再投票を促すべきではないか。

 また地方の選挙ほど投票率が高いが、これを評価して欲しいものだ。

 得票数に投票率を掛けたものこそ本当の選挙民の政治への関心度であり、これに選挙区の面積(政治家が政治活動でカバーする対象区域の広さ)をも勘案したら、2倍程度では何の問題もないし、3倍でも構わないとさえ思うのである。

 
 それにしても地方からの若者の流出は深刻だ。

 アベノミクスでは多量の日銀券を刷って国債を買い取り、「トリクルダウン」方式で中央をまず大いに富ませ、そのおこぼれが地方に回り、それが「地方創生」につながる――というのだが、若者は富み栄える中央をただ指をくわえて見守り、地方に波及するまでは待っていられない。何しろ「夢」があり、「足」があるから、手っ取り早く稼げる都会へと足早に流れて行く。

 「三全総(第三次全国総合開発)」とか「四全総」とか唱えられた頃のほうが地方は潤った。その旗振りをしたのは田中角栄だが、田中はストレートに地方の発展を願っていた。土木中心の国土開発が時に「土建政治家」と蔑まされることもあったが、人情味と迫力が他を圧倒していた。今となっては懐かしいこれぞ日本人という政治家だった。

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避難民に思う

 難民というと国際問題だが、避難民は国内問題だ。

 昨日14日は熊本大地震が起きて丸1年、震度7が同じ場所で同じ時期に二度も続けて発生したのは初めてのことであったが、中心地である益城町では8割の家屋・建造物が多かれ少なかれ損壊をこうむったという。

 家屋の損壊もだが、これによって発生した避難民は現在でも4万7000人もいるそうだから、ことは重大である。地震による直接の死者は震度の大きさの割には少なく50名だが、その後の避難生活が原因で命を失った人が180名にも及ぶそうである。

 この熊本大地震にさかのぼること5年と1ヶ月、あの東北大震災では失われた命が行方不明を合わせて2万名に達するという大災害だったが、発生当初の避難民は福島原発事故のを含めて47万、現在は約16万人、うち福島原発関連が8万であるから、地震と津波による災害避難民は8万。

 原発関連による避難者は当初とそう変わらないだろうから、三陸沿岸を中心とする津波災害地帯出身の避難者の数も8万ほど。とすると当初の同地帯避難民39万人から8万人へ、差し引き31万の人たちがすでに沿岸地方に帰って行ったことになる。この分で復興が進めばあと3年ほどのうちには全員が帰郷(帰宅)可能だろう。

 帰ることのできる場所がある人たちは不幸中の幸いというべきだが、それにしても原発事故被害地域の住民は気の毒というほかない。原発解体完了まであと30年以上はかかると聞くから、その期間は優に一世代であり、その後に帰ることができたにしても、すでに「ふるさと感」は無くなっているだろう。

 それにしても、現在の日本には東北大震災関連の避難民が約16万、熊本大地震関連の避難民が4万7000、併せて約20万7000もの避難民がいることになる。大変な数である。

 欧米を中心にシリアやその他アルカイダ系のイスラム原理主義者による圧政から逃れた難民が100万人くらいいるそうだが、タイプは全く違うにしても我が住む場所を失ってしまったという形態は同じだ。

 日本は先進国だが、避難民が20万もいるということは災害先進国でもあることを否応なく如実に数字が示している。他の先進国では見られない現象ではないだろうか。アメリカなどでは経済的な理由で我が住む所のない人々(ホームレス)が数十万単位でいるというが、金持ちであれ貧乏人であれ、等しく天災に遭遇させられるのは火山(地震)大国日本に特有の現象だ。

 こういった否応なしに降りかかってくる災害(天災)に強い生存環境を整備していく、また予知科学を発展させていくことこそ「民生大国」日本の役割であろう。

 国連への当初加盟国間のみに与えられた「集団的自衛権」(要するに第二次大戦における戦勝国同士の取り決め)に、戦敗国なので与えられていないにもかかわらず「日本も集団的自衛権を行使すべき」などと政府は言い張っているが、そんなことはやめて(同時に二国間相互防衛協定である日米安保もやめて)まっさらになり、「永世中立の民生大国」日本を目指すべきだろう。

 北朝鮮がシリアのように米軍のピンポイント攻撃をこうむったら、まずキム王国は崩壊するが、その時に日本も出軍するのだろうか? どうも安倍首相の動向を見ているとトランプに引きずられそうだ。

 日本本土が直接北朝鮮の報復攻撃を受けることはないと思うが、韓国は相当な被害が出るだろう。そのときはかなりの数の難民(避難民ではない)を受け入れざるを得まい。その準備はできているだろうか、安倍さん。

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森友学園理事長の会見

 大阪の森友学園という学校法人が新たに国有地を購入して小学校「瑞穂の国小学院」という名称で私立小学校を開校したいという話題が取り沙汰されていたが、その学校法人は申請を取り下げた。

 籠池という珍しい姓の理事長が会見を開いて、「2月半ばから国会で土地問題を取り上げられて追及され、私には記者の追っかけがひどく、一か月くらい何にも手が付けられない状態で・・・」と、新聞社数社の名を挙げながら会見に臨んでいた。

 この人が最も主張したいのは、「日本を良くしたい、そのためには幼児のころから教育勅語に触れさせ、ちゃんとした日本人を育てていくほかない」ということで、そのためにモデルとなるような小学校運営をしていきたい――ということのようである。

 そのこと自体は何ら異論はない(どんな教育方針を掲げようが日本では格別に開校認可申請を却下することはしない)が、この開校に至る土地問題や費用の虚偽申請などいくつかの、教育者としてはどうか、という点が多々あって問題を大きくしているのだ。

 今日の会見では、自分の考えを自分の言葉で明確に伝えていた。この会見を聞いていて、あの石原元都知事の煮え切らない、他人に責任を転嫁するいやらしい会見よりか、大いにに評価したいと思った。

 ただ、彼が、「瑞穂の国日本。誰もがコメを食べられる素晴らしい国。紙面を海に囲まれ、綺麗な水、海幸、山幸に恵まれた日本。この素晴らしい国を子供たちにも伝えていきたい」というようなことを話せば話すほど、何であのようなゴミを埋め立てた汚い場所で、「素晴らしい国日本」を教えたいと思ったのだろうか?

 そのような素晴らしい環境の日本を教えるのであれば、すぐそこに素晴らしい田園のある過疎地に開校すればよかったのではないか?

 子供たちも親たちも地域の人も大喜びだろう。

 あんな小汚い場所に建てようとした理事長は、言葉とは裏腹に、「金」と「名誉」に心が占領されていたのかもしれんばい!

 バカたれが!

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両陛下のベトナム訪問

 天皇・皇后両陛下がベトナムを公式訪問された。

 訪問された中で、特に「残留日本兵」の妻となり、ベトナムがフランスから独立を果たしてからは政治体制の違いのため日本へ帰国した夫を見送ったあと、戦後は女手一つで3人の子を育てたというベトナム女性(91歳)との面会には胸が熱くなった。

 「残留日本兵」とは、インドネシアでもそうであったように、欧米による植民地(インドネシアはオランダ、ベトナムはフランス)解放のために現地民と一緒になって戦った人々のことである。

 天皇陛下は「こういう歴史を振り返らなければならない」とおっしゃったが、千鈞の重みがある。

 戦後は勝者であるアメリカに支配されたため、「日本はつまらない戦争をした。勝てるわけのない無謀な戦争をした」という勝利者アメリカへの迎合史観が世を覆ったが、このような生き残りの女性が歴史の生き証人だ。
 日本は決してつまらない・無駄な戦争をしたのではなく、欧米のアジア・アフリカ分割植民地化の流れに、唯一有色人種の中で欧米の植民地化の動きに対抗し、アジア・アフリカ解放に向けて大きな働きをしたのである。

 残留日本人の中には「義勇兵」のような立場で残った人もいただろう。
 
 残念ながら北ベトナムは社会主義化したため、北ベトナムに残った人たちは帰国せざるを得なかったが、1964年に「トンキン湾事件」が発生し、以後、アメリカによるベトナム侵略戦争が開始され、多くの無辜のベトナム人が殺害された。
 
 結局は北ベトナムが南ベトナムを併呑して勝利し、統一国家が生まれたのだが、日本がアメリカ(連合国)敗れずにベトナム独立に手を貸していたら、もっと早く統一政権が出来ていただろう。ベトちゃん・ドクちゃんのような「枯葉剤(猛毒の除草剤)」散布による被害も防げていただろう。

 アメリカが南ベトナムから軍隊を撤退させたのは1973年、その後ベトナム国内で内戦が続いたが、1975年には北の解放戦線が南のサイゴンを陥落させ、1976年になって南北統一選挙により国名を「ベトナム社会主義共和国」として現在のベトナムが生まれた。

 日本人がベトナムから帰還してからちょうど30年後に、ベトナムはようやく自前(のベトナム人自身による)統一国家として本来のあるべき姿を現したのである。ベトナム人女性と結婚してまでベトナムの植民地解放のために働こうとした日本人がいたことを忘れてはなるまい。

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780億円が「小さなこと」か!!

 石原慎太郎元東京都知事が「豊洲市場の問題」で記者会見を開いた。

 築地市場に代わる新しい市場の候補地選定に当たった東京都は、東京ガスの工場があった場所・豊洲を選んだ。
 
 東京ガスは売るのを渋った。それは本来なら売り手の東京ガス側が汚染された土壌を処分又は無害化しなければならず、それには膨大な費用(850億円ほど)が掛かるからだった。

 ところがどうしても豊洲に決めたい東京都はそのうちの780億円ほどを買主である都が負担するということで、ついに東京ガスとの合意に漕ぎ着けた。

 この買主側が汚染土壌の処理費用まで被ってしまったのは、税金の無駄遣いであり東京都の契約上の瑕疵ではないのかという都民の声が高まり、さらに汚染が処理されたはずの土壌から汚染物質の六価クロムなどが検知されたりして移転が暗礁に乗り上げている。

 この契約に最終的にゴーサインを出した(契約書類に判を押した)のは、当時の東京都知事であった石原氏であるということで、都議会が「百条委員会」を立ち上げて、3月20日には石原氏の喚問も予定されている。

 しかし石原氏は喚問までの「針のムシロ」的な状況にしびれを切らして記者会見を開いたのである。

 石原氏が記者会見で記者の質問に答えた中で、こう言ったのには心底驚いた。

――知事は各部署から上がってくる決裁書に目を通しますが、専門的なことは分からないし、第一こんな小さなことをいちいち構ってられないんですよ。

 「こんな小さなことでいちいち構ってられない」とは、聞き違えでなければよいが、たしかに言っていたのだ。

 呆れるとはこういうことを言うのだろう!

 東京都が本来ならしないでもいい780億円の処理費用負担のどこが「小さな問題」なのか!

 自分の懐が痛むわけではないからこんなことが平然と言えるのだろうが、こういう人間こそ「小さな人間」というのではないか。

 「行政の長として責任はあるが、こういう問題を下から上げてきた東京都の職員全体にも責任があるし、豊洲問題に突っ込んで裁可しないままでいる小池百合子知事にも責任がある」

 このようにして他人に責任を転嫁するのは自己本位のモデルだ。
 
 殿様知事然として後半はろくに執務室にも来ないで、たぶん例の本『天才 田中角栄』でも書いていたのだろう。

 誰か、文筆の立つ評論家がいたら、書いてほしいものだ。『天災! 石原慎太郎の無責任な知事生活』

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金正男の暗殺

 来るものが来た――というのが第一の印象である。

 北朝鮮は故金正日(キム・ジョンイル)の長男である金正男(キム・ジョンナム)を、女性二人を使って毒殺した。

 場所はマレーシア空港で、たくさんの人が行き交っているような公衆の面前であった。

 すでにその女たちは逮捕され、キム・ジョンナムの遺体はマレーシアで司法解剖されるらしいが、北朝鮮のマレーシア大使館(領事館?)職員はマレーシア当局に対して不満を漏らしているそうだ。

 毒殺であることは空港内の監視カメラの映像でほぼ断定でき、司法解剖によって毒の正体がはっきりし、その入手ルートをたどってみれば、大方の推測はつくはずだ。

 間違いなく計画的な暗殺で、北朝鮮当局(ということは金正恩)の差し金によるものだろう。

 それにしてもあのような場所で二人の女性に白昼堂々と殺害させるという手口には腑に落ちない面もある。

 まず、金正男が護衛もつけずにあんな場所にいたのが不可解だ。あのような人の多い場所で単独でいたというのであれば、当然静かで人通りもないような場所でも単独だったのであろうから、そういう人目につかない場所で殺害すればもっと簡単だったように思える。

 それとも逆に、まさか人の姿の多い空港の待合ロビーのような場所で襲われることはないだろうと、金正男が必ず油断することを想定して犯行に及んだのだろうか?

 いずれにしても金正男の暗殺事件は起き、二人の実行犯は捕まった。もう一人、北朝鮮国籍の工作員のような男も捕まったらしいから、真相はおいおい分かってくるだろう。

 これがまさしく暗殺事件、つまり金ファミリーの本来なら金正日の筆頭後継者であった男を抹殺する事件であったとしたなら、これを契機に金正恩独裁体制はますます専制度を高め、ファミリーはもはや機能せず、崩壊への大きな一歩になるだろう。

 金正恩暗殺、もしくは亡命への一里塚が今度の金正男暗殺事件ということである。単なる「痴情」による殺害ではないことを祈るばかりだ。

 

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